はじんの歴史館で、チラッとこの話題に触れたので書いてみたいと思います。
なりたいものがある。アーティスト、女優、アイドル、芸術家…。
しかし、それでは食っていけないので皆はどうするか?そう、アルバイトをやるという方向に向かいます。
きちんと目標を掲げて、ちゃんとアルバイトと夢を叶える行動を両立している人は良いです。
しかし今、自分の行動を振り返ってみてアルバイトの方に比重が置いてある方は要注意です。
自分では大丈夫なつもりでも、それは行動として表れていきます。
はじんの歴史館で、チラッとこの話題に触れたので書いてみたいと思います。
なりたいものがある。アーティスト、女優、アイドル、芸術家…。
しかし、それでは食っていけないので皆はどうするか?そう、アルバイトをやるという方向に向かいます。
きちんと目標を掲げて、ちゃんとアルバイトと夢を叶える行動を両立している人は良いです。
しかし今、自分の行動を振り返ってみてアルバイトの方に比重が置いてある方は要注意です。
自分では大丈夫なつもりでも、それは行動として表れていきます。
そして18歳の春、大きな夢を抱えて大阪に行くことになったのですが、東京に行かず大阪の専門学校に行くという(笑)。
コンピューターミュージックを学べる学校というのが当時はあまり無くて東京と大阪に数件しかなかったんですね。今では当たり前のようにありますが。それに下関出身から見れば東京も大阪も大都会で変わらないと思ってたんです。(後にすごい違いを知るのですが…)
さあ、高校生になった僕は憧れだったシンセサイザーを手にし、早く曲が作りたくて毎日いじくり倒していました。「なんか、思ってた音よりチープだなー」と思いましたがそれでも必死になって打ち込みを勉強しました。そうこうしているうちについに到来したのです。
「空前のバンドブーム」