はじん板前さんになる!の巻

「えっっ…」

とりあえず一日考えることに。気持ちはもう音楽をやることで頭が一杯。確かに大阪に帰ったらすぐに何かをしなきゃいけない用事や仕事はない。
「しかしなー、もう心に決めちゃってたしなー。僕がいないと困ると言ってくれたのは嬉しいねんけどなー。おかみさんにもお世話になったしなー
寝転んで天井を見ながら色んなことが頭の中をぐるぐると駆け回りました。
そして翌日。とりあえずは延長することに。しかしいつまでとかの期限はなく好きな時に帰ってもいいという条件で延長しました。


シーズンを終え、お客さんもまばらになり余裕のある時間が増えていったある日。まかないご飯を作っていた時でした。何故僕がまかないご飯を作るようになったかというと…。
最初は旦那さんや板前さんが作ったまかないを食べていたのですが、元々料理を作るのが好きだったのでちょくちょく自分で食べたいものを料理して食べていたんですね。
それを見ていた板前さんが「俺のも作ってくれ」と。お客さんがいないときは仕込みとかないので、お客さんがいないお昼のまかないは僕担当になっていました。

そして僕が作ったまかないを食べながら板前さんが一言。「この暇な時間を利用して俺が色々教えるわ」と。嬉しかった半面、何か嫌な予感はしていました。

予感は的中。包丁研ぎから米の洗い方、水加減。出汁の取り方、材料の切り方などいわゆる板前さんの下積みの様なことを毎日仕込まれ、その流れで僕が仕込み担当になってしまいました。
うわー、やられたーなんて思いながらもちゃんとこなしていると天ぷらの揚げ方や、盛り付けなども全部教えてくれました。

時には怒られながら、褒められながら過ぎて行く日々…

雪がちらつき、まわりの景色が雪化粧を始めるころには旅館で出す料理は一通り作れるようになっていました。
少数のお客さんの時には僕が一人で料理を作る日もありました。宿泊のお客さんに「お料理おいしかったです!」って言われると本当に嬉しかったですね。
そんなこんなで季節は冬真っ盛り。この時期は積雪もすごく、僕の朝は雪かきからスタートという過酷な日々な続いてました。雪かきって初めてやりましたけど本当にしんどいんですよ。
楽しいのは最初だけで、朝起きて大量に雪が降った後だと憂鬱でしたもん(笑)
とまあこんな感じで冬の飛騨高山を堪能してる間にもう12月。

今年も終わってしまいます。

ここで年を越すのか?いや、もう帰ろう、大阪に。
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おかみさんと話し合ってクリスマスが終わる頃には帰る予定に。

時は流れここを去る最後の夜。色んな思い出が駆け巡って中々寝つけませんでした。沢山の人と出会いと別れ。生きていると節目節目にそういった出来事もあるのですが、ここにいた約半年間。こんなにすごいスピードで沢山の出会いと別れを体験するとは思いませんでした。
すべてが素敵な毎日で本当にここに来てよかったと心から思いました。
そして次の日。ここで出会った色んな方々に見送ってもらい、思い出を鞄に沢山詰め込んでこの場所を後にしました。
ありがとう、飛騨高山。こうしてはじんは大阪に戻ったのでした。

次回は、はじんDJさんになる!の巻

 

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